しいたけ夫(お)の雑記ブログ

現代文の「この時の作者の気持ちを答えよ」がすごい嫌い。

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こんばんは、しいたけ夫です。

 

毎日更新をしようと思うがために記事の内容が薄くなってしまい本末転倒なことをしているような気がしています。

 

元々国語が嫌いなしいたけ夫は文章力がないので上手い表現とかが出来ません。ただ文字を打つのはとてつもなく得意なので記事を書くスピードは多分早いです。(画像とか色々拘らなければ)

 

こうやって思い立ったことを文字にするだけなら本当に毎日でも30分程で2000字とか書ける気もするんですけど文字だけの記事なんて誰が読むのかなと。相当面白い言い回しや表現ができるのであれば別ですが。

 

そんなことを言いつつ今日はほぼ文字だけの記事を書こうとしています。内容としてはタイトル通り。

 

大学受験の勉強の時にどれだけ現代文の問題を解いていても点数が一向に上がらないほど現代文は苦手でした。多分固定観念で捨てきれずにいたと思うんです。

 

というのも現代文の問題って、昔の作品を持ち出して「この時の作者の気持ちを答えよ」とか言ってくるじゃないですか。基本的にその文の前後2、3行に答えが隠れているとかいうテクニックもあった気はしますが。

 

この時の作者の気持ちなんて自分が作者でも分からねーよって思うんです。作品ではないのですが例えばこのブログ書いてて、あるセンテンスを持ち出して「この時の作者の気持ちを答えよ」って言われても多分、書いてる自分なら「仕事で疲れたから眠たい」とかしか思ってないと思う。

 

そんでもって、【前後に「・・・」がついており、「笑」が付いていないため、気分としては鬱蒼としている】とか答えに書かれるんだろ。いや、そんな心理学的なところまで話持ってかれてもなー。てかそこまで言ったらもう国語じゃないやん。

 

当時の作者の気持ちを答えよって言うのであれば、その時の時代背景やその作者の育ってきた環境作品を書き上げていた場所や当時の恋人その文を書いている時間帯など全てを網羅して考えないといけない。

 

そこまで考えだすともはやその作者の第一人者になってもいいと思うレベルで詳しくなれると思う。それが一人の作者だけではなくて何人もいるんだから現代文が出来る人はすごいんだなーと皮肉ってみる。

 

それと同じぐらい嫌いだったことがある。現代文の勉強をしている時に参考書を買っていたのだが、説明にイラっとした。うろ覚えだがそこにはこんな解説が載っていた。

 

【センター試験の選択肢は基本的に2つに絞れます。どちらも書いている内容は正しいと思う場合には、選択肢の中の「必ず」や「絶対」、「いつも」など断定した言葉などに注意をしましょう。そういった選択肢は誤っている場合が多いです】

 

いや、確かにその参考書見ると、問題解説の中に、
【この文節は間違っていないが、「時々」ではないので誤りである】

 

は~~~~あ?

 

いや、断定的だとかそんな曖昧な感じで騙しにきている感じすっごいモヤモヤする。作者の意図なんて分からない上にきっと作者でも正解出来ないようなものを問題にすること自体が試験問題制作に異議ありだよ。

 

きっと夏目漱石のこころとかでK君が色々していたけど、その時の気持ちをどこか一部を切りとって夏目漱石に答えさせても全問正解出来ないよ。

 

というか作者が全問正解出来ないような問題って、試験問題を作った人の考えが丸っと答えになっているってことですよね。試験問題を作るぐらいだから相当に現代文が出来る人なんであろうけど、現代文が出来る人ってなんぞやって思う。

 

しいたけ夫が現代文が出来なかったのはきっと、その作者の意図を読み取った試験問題の作者とは違う考えだったってだけなのか。ならセンター試験現代文100点中30点でも問題ないな。(漢字とかの問題もあった気はするがそこは無視することとする)

 

現代文ほど答えが曖昧すぎるものってないですよね。数学だったら答え決まっているし。現代文だと、こうも考えられると、こうとも考えられる みたいに何個も選択肢があるのがモヤモヤする。というか、今でもその答え本当に合っているの?って疑わしくなる。

 

結論としては、

現代文の設問は「この時の作者の気持ちを答えよ」じゃなくて、

「この時の作者の気持ち(を読み取った試験問題の作者の気持ち)を答えよ」じゃん。もうそういうことにしておこうよ。

 

そう結論付けて、しいたけ夫は自分が現代文が出来なかった言い訳をするのであった。

 

~~終~~